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夜の営みがあって満足するから、愛があるとは言えません。 愛の表現のひとつとして「性」があるのではないでしょうか。 誕生日を祝うプレゼントにしても、旅に出かけた相手のために「楽しくていい旅であればいい」と願うことも、そして夜の営みさえも、すべてが「気持ち」なのです。
確かに性は、愛し合うふたりを心身ともに結びつける最大の表現であり、ふたりの愛が結晶した芸術かもしれませんが、それでも愛のすべてではなく、一部なのです。 どんな方法を試してみても、性が合わなかった。でも、一生懸命いい方法を見つけようとして、頑張ったはずです。何とかふたりが満足できるような行為をしたい、とあれこれ考えて実践したはずです。 その気持ちだけで二人の気持ちは高ぶるのではないでしょうか。 その気持ちが愛おしいのではないでしょうか。 それが愛なのです。
たかが、夜の相性が合わなかったといって、ふたりに未来はないと思うこと自体が本末転倒なのです。 ふたりがある時間を共有して、そのなかで交流する手段は、夜の生活だけではありません。 貴重なそれぞれの時間をひとつに重ねて、食事をしたりおしゃべりをしたり、お酒を飲んだり、共通の趣味も楽しむでしょう。いっしょに料理などもするでしょう。そして性もあります。そのすべてを支えているのが「気持ち」であり、それが「愛」なのです。
本当に心から愛している人であれば、そのことによって愛情まで変化してしまうことはないでしょう。 相手から何が得られるかを先に考えて結婚しても、そこに本当の愛は存在しませんし、人生何があるか分かりません。 それが無くなった時、落胆するだけでなく相手を恨みさえするかもしれません。 最後はお互いをつなぎ止めるものも無くなり、終わりに向けて進み始めることでしょう。 どんなに相性が悪くても、お互いを気遣うことで前よりもっと深い愛を感じることだってできるはずです。 一緒に生活していく上で一番大切なことは、相手を思いやる気持ちと愛であることを忘れてはいけません。 |
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